画像: 今日、久しぶりに『本』を買った。

京極夏彦と、伊集院静。

本日、久しぶりに本を買った。分厚い単行本二冊は京極さん。もう一つは、伊集院さん。。。

京極さん

京極さんは、デビューの頃から大好きで、その当時。今から二十年ほど前になるだろうか... まだ、その頃は時間に余裕があったものだから、とにかく徹底的に読み漁っていたと思う。つまる所『世の中に不思議な事など何も無い』。そんな決定的な観念の元に、摩訶不思議な物語を、こともあろうに妖怪の目を通じて語られるものだから、ページをめくるたびに幻惑の世界に連れて行かれる。。。

そしてまた、その一話の物語の長いこと長いこと。冗談めいた有り得ない位に分厚い本を手に取る度、京極さんの仕掛けた罠に今度もハマってしまうのか、などと思いつつ、いつも苦笑をしながら本屋のレジに進むのが常であった。本日、久方振りにその感覚を思い出しつつ、二冊の分厚い本の抱えレジに並んだ。

伊集院さん

クレジットのカード会社から、毎月送られてくる冊子に伊集院さんのエッセイが掲載されており、この数年、毎月楽しみに読まさせて頂いている。毎日の生活が余りにも忙しく、基本的には本などを手に取る時間が全く無い生活なのであるが、伊集院さんの文章は、いつもその一行目から好奇心をそそられ、はたまた、現実の世界に即したテーマとそれを語る為の文章の表現が余りにも豊かであって、実は自分には時間が無い事など、すっかり忘れさせてくれる。

ソフト・ハードボイルド... などと言う表現は伊集院さんには失礼かもしれないが、ちょっと前の古き良き時代の男子の世界が語られている事と、その軸足が、常に男としての無常観であったりだとか、男としての哀しみや寂しさの感情の世界に置かれている様に思え、とにかく共感を覚える事が多々ある。

思えば、彼は、あの真夏の太陽の様に美しかった奥方と、相当に若い頃、死別をしている訳だから、その哀しみを経験された中から綴られる文章には、同じ男子として、やはり、大いに感じ入る事が出来るのであろう。

読み切りの締め切りは、無し。

京極さんの本が厚過ぎるので、本日買ったこの三冊を読み切るには、間違いなく年内一杯は掛かる事であろう。。。それでも、毎日少しづつでも本を読んでいると、切れっぱなしだった頭の中の回路がだんだんと繋がって来る感覚を覚える事が多々あり、とにかく、総じての指針は良い方向に向かう事は間違い無いので、読み切りの締め切りなどは一切気にする事無く、ページをくくる事にしたいと思う。

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