見守りて、見守られて…

この秋、見つけられたピンク色の山茶花。
まあるく、ほんわか咲いていて、優しく柔らかな気持ちを見せてもらえたように思いました。

私自身が、随分、多くの方に見守られて生きてきたことを痛感しながら【今】があります。

画像1: 見守りて、見守られて…

画像: 歌うように。

歌うように。

画像2: 見守りて、見守られて…

画像3: 見守りて、見守られて…

画像: 母が子を抱きしめているかのよう。

母が子を抱きしめているかのよう。

人生に起こりうることも、感じ方も、抱えることも、人それぞれ異なる現実の中で、昨日の夜、
「この20年、過ごしてきた時間も何ら無駄になってなかったんやに。 写真を始めて本当によかったね。今を見ていて本当にそう思うよ。」
と妹から言葉があり、一人になった途端にポロポロ涙が出て、ここに打っている今も、今の自分を大事にしたいと思ったりしています。

この山茶花を撮ったときの感覚を無性に思い出して。

【今】という時間を刻む、写真というものの凄さを思い、何か自分の中に重なるものがあります。

家族が大切に思っている存在の中に、命の限りを見なければいけないかも知れず、そんな予感ばかりが強まる日々が続いています。
いつか来るはずだった別れ、が、来るものとなり、泣き崩れるであろう、その人を…私がしっかり支える番となる。

そっとそこにいたらいいのだろうか、できるだけそばに。
そして私にとって大切な存在が消えてしまうときも…そばに、変わらずにいてもらえればいいなぁ。

見守りて、見守られて…。
いつもそうやって生きていて、生きてきたのだろうね。
普段は当たり前のようで気づけないのだけれど…。

見守りて、見守られて。

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